趣味:水彩画
どんな趣味なのか
水を含ませた筆で絵の具を溶き、紙の上でにじませたり、乾かしてから色を重ねたりして描く。ざっくり言えばそれだけです。ただ、この「水」という要素が曲者でして、思い通りにいかない。
一般に趣味として語られる水彩画は、大きく透明水彩と不透明水彩(ガッシュ)に分かれます。小学校の絵の具セットは、その中間くらいの性質を持つものでした。大人が趣味で始める場合、圧倒的に人気があるのは透明水彩のほう。下の色が透けて見えるので、重ねた層がガラスみたいに深みを持ちます。
描く題材は本当に自由です。庭の花、旅先の街並み、食べかけのパン、飼い猫の寝顔。私が最初に描いたのは、たしか台所にあったレモン1個でした。30分もかからず、しかも下手だった。でも乾いていく途中の色がにじむ様子を見て「これは面白いぞ」と思ったのを覚えています。
近ごろは屋外で街を描く「アーバンスケッチ」の人気が高く、SNSにも作品が大量に流れてきます。A5サイズのスケッチブックとペン、水筆1本をカバンに入れて、カフェで20分だけ描く。そんな軽い楽しみ方が定着してきた印象です。
この趣味の魅力
正直に言うと、水彩の一番の魅力は思い通りにならないところだと思っています。
油絵やデジタルなら、失敗した部分は上から塗り直せます。水彩はそれができません。紙に染み込んだ色は基本的に戻せず、いじりすぎると濁る。だから一発勝負の緊張感がある。そのかわり、狙っていなかったにじみが偶然きれいに決まったときの快感は、他の画材ではちょっと味わえません。
あと、これは意外と語られませんが、片付けが本当に楽です。水で洗うだけ。油絵のような溶き油の匂いもなく、換気の心配もいらない。マンションのダイニングテーブルで、新聞紙も敷かずに描けます(こぼすと怒られますが)。
時間の使い方が変わるのも大きい。絵を描くようになると、通勤路の街路樹の影が青紫っぽいことや、夕方のコンクリートがオレンジを含んでいることに気づくようになります。世界の解像度が上がる、という感覚。これは実際に描き始めてみないと分からない感覚で、私自身、始めて半年くらい経ったころに突然そうなりました。
透明水彩のパレットは、洗いません。絵の具を出して乾かしたままにしておき、次に使うときに水で溶けば元通り。だから「描きたい」と思ってから筆が動くまで、30秒です。この立ち上がりの速さが、続けやすさに直結します。
始め方:まず何を買うか
ネットで「水彩画 初心者 道具」と検索すると、やたら大量の画材リストが出てきて、それだけでお腹いっぱいになります。私が人に聞かれたときに答えるのは、次の6つだけです。
絵の具・筆3本・水彩紙・パレット・水入れ・雑巾。 以上。
絵の具は、国内メーカーのホルベインかターナーで十分すぎます。ホルベインの透明水彩2号(5mlチューブ)12色セットは定価2,970円(税込)で、画材店のネットショップでは2割引の2,376円あたりで買えることが多い。ちなみにホルベインは2025年6月に価格改定を行っているので、古いブログの値段情報はあてになりません。海外メーカーが気になるなら、ウィンザー&ニュートンのコットマン(学生向けグレード)のハーフパン12色が、水筆付きで2,500〜3,500円程度。固形なので外に持ち出すならこちらが便利です。
筆は、丸筆の8号、細めの2号、それに平筆を1本。この3本で水彩の技法はひと通り試せます。ナイロン毛なら1本500〜1,500円くらい。
そして紙をケチらないこと。これだけは強く言いたい。画用紙と水彩紙は別物です。私は学生のころ画用紙にずっと描いていて、初めてまともな水彩紙を使った日に呆然としました。腕は1ミリも変わっていないのに、絵が急にうまくなったように見えたからです。
最初の1冊は、マルマンの「ヴィフアール」あたりが手頃です。F4サイズで2,200円(税込)ほど。定番のホワイトワトソンもよく、多くの技法書がすすめています。もう少し出せるなら、コットン100%のウォーターフォードがF4のブロックで実売3,000円弱。にじみの伸び方がまるで違います。
パレットは100円ショップのプラスチック製から始めて構いません。長く続きそうだと思ったらアルミ製に買い替える。それで十分です。水入れは深めのタッパーや空き瓶を2〜3個。専用バケツもありますが、必須ではないです。
独学でいけるのか、教室に行くべきか
「水彩画 独学」は検索されやすいキーワードです。答えは、いけます。YouTubeに解説動画が無数にありますし、技法書も安い。ただし独学の落とし穴が一つあって、それは塗り重ねすぎて絵を濁らせる癖が自分では直せないこと。透明水彩には「これ以上重ねると汚くなる」という限界点があり、そこで手を止める判断は、誰かに指摘されると一気に身につきます。
教室に通う場合、カルチャーセンターや大手の絵画教室で月2回6,000〜10,000円程度、月4回だと8,000〜18,000円あたりが相場です。入会金が5,000〜10,000円かかるところも珍しくありません。私は3か月だけ地域の教室に通って、あとは独学に戻りました。この「短期だけ習う」は、けっこうおすすめの折衷案です。
費用の実際
初期費用は、真面目に揃えても6,000〜8,000円というのが実感です。内訳としては、絵の具2,400円前後、筆3本で2,000円前後、水彩紙2,200円前後、パレットと水入れで数百円。
「水彩画 100均」で調べる人も多いですね。セリアの固形水彩やダイソーの特厚口画用紙(220円)で試している人はたくさんいますし、遊びとしては全然アリです。ただ、100均の紙は水を吸って波打ちやすく、にじみが広がらない。「水彩って難しいな」と誤解して辞めてしまうくらいなら、紙だけは画材店のものを買ったほうがいい、というのが私の意見です。
続けるうえでのランニングコストは、月1,000〜3,000円程度。減るのはほぼ紙だけです。絵の具のチューブは、週末に描く程度なら1本で1〜2年もちます。趣味としては相当安い部類でしょう。
続けるコツ
三日坊主で終わる人の共通点は、最初から立派な絵を描こうとすることです。F4サイズの紙を前にして固まる。そして「今日は気分が乗らない」と言って片付ける。私もやりました、何度も。
効いた工夫を3つだけ書きます。
まず、小さい紙を使う。ハガキサイズなら15分で完成します。完成する体験が積み上がると、続きます。次に、下描きに時間をかけない。鉛筆で丁寧に描き込むほど、色を塗るのが怖くなります。最後に、失敗作を捨てない。半年後に見返すと、自分が何を克服したのかが分かって、これが一番のご褒美になります。
もう一つ。上達を感じられなくて止まってしまう時期が、だいたい半年から1年のあいだに来ます。そのタイミングで、公募展に出してみるのは案外効きます。全国規模の展覧会もありますし、地域の小さな公募展なら出品料が数千円程度のところも。締め切りがあるだけで、絵は完成します。
向いている人
一人で黙々と手を動かす時間が好きな人。結果より過程を楽しめる人。それから、うまくいかないことを面白がれる人。水彩は制御しきれない画材なので、偶然を敵ではなく相棒だと思える人に向いています。
外を歩くのが好きな人にも合います。旅先で撮った写真は見返さなくても、旅先で描いた15分のスケッチは何年も覚えているものです。あと、細かい作業が苦にならない人、道具そのものが好きな人。画材屋で1時間平気で過ごせるタイプは、まず沼にはまります。
向いていない人
厳しめに書きます。完璧主義で、失敗が許せない人には正直つらい画材です。にじみは制御できず、乾き方は湿度で変わり、同じ絵は二度と描けません。「消して描き直す」ができないことに耐えられないなら、アクリル絵の具やデジタルのほうが確実に楽しめます。
短期間で目に見える成果がほしい人にも向きません。半年で人に見せられる絵が描けるようになる人もいれば、2年かかる人もいる。上達曲線は、はっきり言って読めません。
家に作業スペースがまったく取れない人も、少し工夫が要ります。とはいえA4の板1枚分のスペースがあれば描けるので、これは致命的な障害ではないでしょう。
散らかすのが絶対に嫌、汚れるのが嫌、という人もやめておいたほうが無難です。水彩は必ずどこかに色が飛びます。私は白いシャツを2枚犠牲にしました。
最後に一つだけ。水彩画は、始めるハードルが驚くほど低いわりに、辿り着ける先がとんでもなく遠い趣味です。1,000円の道具でも描けるし、50年描いても飽きない人がいる。まずはハガキ1枚とレモン1個から、気楽にどうぞ。
